アジア@世界
782+783号

●メキシコ
「「自由貿易協定」の悲惨な結末」

 11月17日にメキシコシティーの人権団体、CERAEL(「労働者の行動と学習のためのセンター」)は、メキシコの電子産業における労働者の状態に関するレポートを発表した。このレポートは、金融危機の影響による雇用の減少と不安定化の実態を明らかにしている。
 ノキア、フィリップス、パナソニック、IBM、HP、レノボ等の有力多国籍企業の工場で数千人が解雇され、賃金が10%削減され、臨時雇用契約(3ヵ月あるいは1ヵ月)の労働者の割合が08年には40%だったが、現在では60%に増えている。
 CERAELのレポートは「危機の最悪の年に企業は利益を得、労働者は失った」ことを示している。電子産業全体にわたって、大量の解雇が行われ、その後、労働者たちはより安い賃金で、より厳しいノルマで、より不安定な労働条件で再雇用されている。
 「メキシコの電子産業において、すべての企業が、経済危機の時期でも社会的責任を果たすように、構造的な変革が必要である」とレポートは述べている(国際金属労連のウェブより)。
 CERAELのレポートは主要企業の社会的責任について、労働者への聞き取り調査等に基づいて評価しており、2009年の調査結果では、主要15社のうち「非常に良い」が2社、「良い」が4社、「ふつう」(問題は多くないが、解決されていない)が2社、「悪い」(問題が多く、解決されていない)が7社となっている。日本企業ではソニーが「ふつう」、パナソニックが「悪い」と評価されている。
 パナソニックについては、09年に約20人の労働者が屈辱的な扱いを受けたことをCERAELに報告している。そのうちの1人のアンヘリカさん(34歳)は、障害や、学歴がないことを理由に暴言を浴びせられたり、突き飛ばされて松葉杖を壊された(診療室に行くと、「仕事をサボるために、自分で壊したんだろう」と言われた)。
 トイレに行くことを許可されなかったこともある。彼女はこの件で労働局に提訴した。彼女は次のように述べている。「私は05年11月からここで働いています。賃金は週720ペソです(1ペソは約7円)。働き始めた時から、上司からひどい扱いを受けています。……パナソニックがすべての人々に差別なく仕事を与えているというのは嘘です。私は身体的な虐待や言葉による虐待、中傷、屈辱を我慢してきました。多くの圧力や、いつ解雇されるかわからないという怖れを感じてきました。彼らは障害者を雇ってやっていると恩着せがましく言います」。(CERAELのレポートより)
 「ルモンド・ディプロマティック」誌12月号は、米国との国境の町ティファナの組み立て工場における労働者の悲惨な状況について報告している。(以下は同誌掲載の「ティファナの組み立て工場は生き地獄」からの抜粋)
 米国との国境に沿ったマキラドーラと呼ばれる自由貿易地区では、1960年代から、安い賃金と税制上の優遇、規制の甘さを活用するために多くの工場が建設されてきた。
 「働く女性と男性のための情報センター」(Cittac)は20年前から、この地域の労働者の解雇、労災、嫌がらせ等の相談を受け、訴訟等の支援を提供してきた。
 このセンターを運営しているハイメ・コッタさん(弁護士)を3人の労働者が訪ねてきた。そのうちの1人の女性は、10時間のシフトで作った700個の部品のうち1つが不良品だったという理由で、2日間の停職を言い渡された。また、毎週1日、無給の休日がある。彼女の週給は755ペソだが、そこから1日分が差し引かれるのである。
 カルデノン大統領は、大量解雇の予防策として、解雇を売上低下に比例する人数に制限し、政府が余剰人員の賃金の3分の1を肩代わりするという政策を導入した。しかし、多くの経営者は、「解雇権」の制限に抵抗して、違法な無給の休日(「テクニカル・シャットダウン」と呼ばれる)を導入している。
 経営者たちは労働者による抵抗はないと考えている。実際、ティファナでは82%の工場に労働組合が存在せず、労働組合が存在する場合でも、多くは名前だけである。
 この数ヵ月、早朝には工場の前に仕事を求める長い列ができる。労働者たちはコッタさんに話しかけられることさえ恐れている(見つかったら仕事をもらえない)。ビジネス誌の記者さえ、工場の取材は許可されない。
 マキラドーラにおける労働条件は以前から劣悪だったが、経済危機の中で一層ひどくなっている。ロヘリオさんは21歳から働き始め、いくつかの企業で電気部品の修理工をしてきた。彼はある米国企業での10時間の勤務の後に職業学校に通った。資格を取得して、週1千700ペソまで昇給したが、厳しいノルマが課され(1件の修理を20分で完了する)、達成できなければ夜に無給で働かなければならない。彼は仲間を誘って労働組合の組織化を始め、工場前でチラシを配布したが、会社は彼を解雇した。彼は裁判を通じて退職金の増額を勝ち取ったが、ブラックリストに載せられた(シャープが彼を採用したが、数週間後に解雇)。
 彼は07年にソーラー・パネルを製造する米国企業に採用された。工場には16基の炉があり、換気の設備がないため、息苦しいほどの暑さである。切削工程ではグラスファイバーの粉塵を大量に吸い込む。しかも皮膚に付着するので、1日の作業を終わると身体全体が粉塵で覆われてしまう。労働者が改善を要求しても無視され、「仕事があるだけでもラッキーだ」と言われる。この会社の新会長は「08年は16%の増収であり、環境への関心の高まりにより将来も明るい」と語っている。注文はすでに2012年分まで確保されている。「それなのに会社はいつも解雇で脅す。もちろん経済危機はあるが、それが労働者を黙らせ、賃上げをあきらめさせる口実に使われている」とロヘリオさんは指摘する。
 ティファナは、1994年1月にNAFTA(北米自由貿易協定)が発効してから2001年まで、「カリフォルニアのシリコンバレーの南端」、「世界のTV生産の首都」と呼ばれ、完全雇用を誇ってきた(失業率は常に1%未満だった)。労働者の小さな手が、特にこの分野に適していたし、行政機関は鉛などの有害物質を気にも留めなかった。
 しかし、01年に主要な輸出先である米国の景気後退のため、マキラドーラ地区で20万人の雇用が失われた。02年に電子産業は労働者を31%削減した(そのうち27%がティファナ)。今年の秋には、ティファナの失業率は7%を超え、全国平均(5%)を上回った。NAFTAを通じた投資拡大は、メキシコ経済全体に還流されることもなく、また、期待された技術移転効果も全くなかった。01年に中国がWTOに加盟して以降、外国企業の投資先は徐々に中国へ移った。
 コッタさんによると、この10年間、人権侵害や解雇が増え続けている。「工場は必要な支出を渋り(危険物からの保護のために必要な支出を含め)、労働者たちは他に仕事がないため、何も言えない」。たとえば、パワーソニック社(電池を製造)は、1日中鉛を扱うため以前は誰も働きたがらなかったが、最近では朝から求職の列ができる。工場では毎月、健康診断が行われるが結果は知らされない。「血液中の鉛の量が一定のレベルに達したら、彼らは私たちをどこかへ配転するだろう。それで私たちは自分が病気になったことを知るのだ」。この工場で働く労働者の一人はこう語った。鉛を含む廃棄物による土壌の汚染も明らかになっている。  パナソニックで働いていたカルメンさんは鉛を扱う作業に6ヵ月間従事したとき、顔に黒いシミができ、疲れやすくなり、腎臓が痛むようになった。「会社の医師は何でもないと言ったが、近所の医者は、今の仕事を続けると白血病になると言った」と彼女は言う。当時は転職も可能だったので、医者の助言に従うことができたが、今ではそれも難しいと彼女は言う。
 デルフィナさん(53歳)は、解雇されないために体調が悪いときでも言われる通りに働いてきたが、08年11月に理由もなしに解雇された。調停委員会に提訴し、決定を待っている。50歳以上の労働者の再就職は難しく、今は娘からの送金週200ペソだけで生活している。マキラドーラで25年間働き、子ども7人を一人で育ててきた彼女には年金も貯金もない。「1日に2食しか食べられない」と彼女は言う。

●スウェーデン
「格差の拡大と失業の増加」

 スウェーデン労働組合連盟(LO)の調査によると、1991年から07年の間に、上位10%の富裕層の可処分所得が88%増えたのに対し、下位10%の貧困層の可処分所得の伸びはわずか15%だった。最近6年間に有給の雇用者の実質所得は年平均3.3%増えている。病気などによる非就労者の実質所得の伸びは年平均わずか0・86%、学生のそれは1・26%である。
 LOの研究者のアンナ・フランソンさんとワーキングライフ部長のイレーヌ・ベネモさんによると、「近年の傾向として、働けない人や学生から、有給の雇用者への再分配が見られる」。病気の人や、失業者、退職者が貧困に陥るリスクは02年から07年の間に8%から16%へと倍増している。この調査では、「貧困」とは、所得が中位所得者の60%未満の人々を指す。
 フランソンさんとベネモさんは「中道右派政権は、これらの人々への給付を引き下げることにより労働意欲を高めることを明確な目標としてきた。前の社会民主党政権時にも、給付水準を下げることにより同様の変化が起こっていた」と指摘。格差の拡大は政治的選択の結果であり、あらゆる兆候から見て、この傾向は07年以降もさらに進んでいると述べている。
 スウェーデン国家雇用庁は、2010年に失業率は9.4%に達し、2011年に9.1%に下がるという予測を発表。これは、最悪の危機は脱したという判断の下で、春に発表した予測を修正している。
 しかし、回復には地域差があり、製造業の雇用の割合が大きい地域では、回復は遅れると予想されている。現在、スウェーデン東部のイェブレボリ県における高い失業率がもっとも深刻である((「ザ・ローカル」紙、12月9日付)。
 失業の急増のため、失業保険の給付が遅れている。タニヤ・マルチンさんは06年にマルメにあるメディア関係の会社に就職したが、09年4月に、会社の倒産に伴って6月1日に失職することを知らされた。そこである雇用保険基金に加入したが、加入期間が1年未満だったため、基本保険金しか受け取れない。1日あたり約320クロナ(1クロナは約12円)である。彼女は6月に保険金の受給を申請したが、審査までに14〜16週間かかると言われた。スウェーデン失業保険局によると、失業保険支給までの待機期間は平均8週間になっており、1年前よりも1週間長くなっている(同紙、11月17日付)。
 スウェーデン最大の企業の1つであるエリクソンは昨年以来、世界規模でリストラと合理化を進めている。  11月18日にソニー・エリクソン(携帯電話製造)社が、ストックホルム北部のキスタにある開発センターを閉鎖、従業員130人の解雇を発表した。この開発センターに関係している約100人のコンサルタントも解雇される可能性がある。同社では2010年半ばまでに合計2千人の削減を計画している。
 12月8日に、エリクソンは、スウェーデン東部のイェブレにある施設(第3世代移動電話の基地局の設計と製造、および物流ハブ)の閉鎖を発表した。これにより856人の労働者が失職する。技術者組合の支部長のジョハンニ・サマリストゥさんは「誰も予想していなかった。驚いている」と語った。
 南西部のブロースでも、1千37人の従業員のうち、ホワイトカラー労働者90人の解雇が計画されている。
 会社側は、生産の効率化によって必要な人員が減っているためと説明している。

●インドネシア
「女性移住労働者のレイプと窮状」

 以下は「タイム」誌ウェブ版11月12日付掲載の、オーストラリアのジャーナリスト、マーク・シュリーブス氏のレポートの抄訳である。
 ヤヌスくん(1歳)が再び彼のお母さんに会えるかどうか、誰にもわからない。彼のお母さんは、仕事を探して国外へ出た600万人のインドネシア人の一人である。彼女はサウジアラビアの裕福な家庭に雇われた。しかしある日、彼女は雇い主の家の中でヤギの世話をしていたとき、2人の男にレイプされた。ヤヌスくんは、その結果生まれた子どもだ。
 彼女に代わってヤヌスくんを育てている2人の女性は、彼が母親について知ることがないよう望んでいる。もちろん、本当の父親のこともである。……
 グローバリゼーションは世界の多くの地域を開かれた労働市場に変えたが、それはまた複雑な人間ドラマ、社会ドラマを作り出してきた。世界の1億人の移住労働者の半数は女性である。彼ら・彼女らの権利と尊厳を保護する効果的な手段がない。世界銀行の統計によると、08年にインドネシアから移住した労働者(多くが中東や他のアジア諸国で家事労働者となっている)は、同国の経済に68億jの貢献をしている。統計には表れることはないが、彼ら・彼女らに対する身体的な暴力やレイプの件数が増えており、雇用主によって殺された人たちもいる。
 移住労働者の権利を擁護する運動を続けているナーマワティさんは、海外での仕事を終えてジャカルタの空港のゲートから出てくるインドネシア人の中に、妊娠中の女性を何度も見てきた。彼女は多くの女性から、もっとも痛ましい経験を何度も何度も聞いてきた。
 ヤヌスくんの新しい住居では、彼の新しい姉になるナディアちゃんが、11月1日に1歳の誕生日のお祝いをしてもらった。ナディアちゃんのおかあさんはクウェートでレイプ被害に遭った。この家では、同じような事情の10人の子どもが生活している。この家は寄付や、一部の子どもたちの家族からの援助によって運営されている。
 ナーマワティさんによると、レイプ被害に遭った女性労働者は多くの場合、雇用主によって追い出され、妊娠していることがわかった場合はパスポートを返してもらえず、警察に逮捕され、拘留される。子どもが生まれる前に強制出国させられることもある。ヤヌスくんたちを育てている女性は、「空港の係官から、置き去りにされた赤ん坊をどうすればよいかという電話を受けたこともある」と言う。
 一部の国でのインドネシア人労働者に対する人権侵害があまりにもひどいので、政府はそれらの国での就労を禁止することを検討している。ムハイミン・イスカンダー労働力・移民相は、サウジアラビアおよびヨルダンの政府がインドネシア人労働者に十分な保護を提供していないことが判明した場合、これらの国に就労のために入国するのを禁止すると述べた。
 ナーマワティさんによると、彼女たちが生まれた赤ん坊を育てようとした場合、3つの可能性がある。1つは、もっとも一般的なケースだが、夫が怒り、離婚を望む。2つめは、女性がもとの家庭に戻らず、一人で子どもを育てることである。3つめは、もっともまれなケースだが、夫がその子どもを受け入れることである。

●ベトナム
「ホーチミン市の衣料工場で児童労働」

 ホーチミン市の社会問題部の当局者は「トイ・トレ」紙の記者に対して、同市の一部地区、とくにタン・プ区で児童労働の問題があり、多くの子供たちが1日10〜14時間働いていることを認めた。
 10月30日に「トイ・トレ」紙の記者は、タン・プ区の当局者および警察官と共に、同区のある民間の衣料工場を訪問した。数十平方bの小さなスペースで約10人の労働者が働いていた。積み上げられた衣類の中で、レ・バン・ナットくん(15歳)が座っている。彼は毎日午前7時半から11時半、午後1時から5時半、午後7時から11時まで働いているという(合計12時間半)。休日はない。彼は自分の賃金がいくらかも知らなかった。経営者は彼に、給料は年末に払うと約束している。
 記者たちは他の工場も訪問したが、ほとんどの労働者が同じような話をした。
 この労働者たちの中には、クアンガイ省、タイビン省や、南東部のいくつかの省から来ている者もいる。
 ある経営者は記者に対して次のように語っている。「われわれは8年間この会社を経営してきた。食べていくのに精一杯で、事業免許も持っていない。誰も調べに来ないし、誰も労働時間や年齢の制限について教えてくれなかった。ここではみんな12時まで働いているが、何の問題もない」。(「ベトナムネット・ブリッジ」紙、11月3日および14日付より)

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