アジア@世界
喜多幡 佳秀・訳(APWSL日本)
845・6号

インド
マルチ・スズキの『暴動』の背景

 7月18日に、デリー近郊マーネーサルのマルチ・スズキ社(日本のスズキの子会社)の工場で、管理者によるダリット(カースト制度での最下層、「不可触賎民」と呼ばれてきた)への差別的暴言を直接のきっかけに労働者の怒りが爆発。経営者との衝突が起こり、ゼネラル・マネージャーが死亡、数人が重傷。
 マルチ・スズキ労働組合(MSWU)のサラブジット・シン書記長によると、「管理者がダリットの正規雇用労働者にカースト差別の発言をし、抗議すると侮蔑的発言をさらに繰り返し、当該の労働者に停職を言い渡した」(「ザ・タイムズ・オブ・インディア」紙、7月18日付)。

 マルチ・スズキは急成長するインドの自動車市場で50%の市場シェアを占め、生産拡大の積極的投資を続けてきた。しかし、昨年6月以来、マーネーサル工場では独立労組結成をめぐり激しい攻防が繰り返されてきた。
 NTUI(新しい労働組合のためのイニシアチブ)の同19日付の声明は、次のように述べている。
 「重要なことは、マルチ・スズキの経営者が未だに、昨年10月の争議の後に合意された苦情処理委員会と従業員福祉委員会を設立していないことである。現在の紛争は、マルチ・スズキ労働組合が4月に提出した要求書をめぐる交渉を打ち切り、労働者の持続的で強力な闘いの評判を落とすために経営側が計画的に挑発したものである」。
 ハリヤーナー州政府と警察は、調査もせずに暴力的衝突の全責任は労働者側にあるという予断により、組合リーダーと活動家100人以上を逮捕(事件当時現場にいなかった労働者も含まれる)。
 マルチ労働組合(MUKU)のクルディープ・ジャングー書記長は同25日、マーネーサルでの連帯集会で次のように発言した。
 「この工場でのことは、非常に辛いことだ。CBI(中央捜査局)に事件の全背景についての調査を要求する。どんな労働者も、よほどの扱いを受けない限り、あのような極端な行為に訴える筈がない」。

*過酷な労働条件に不満高まる
 マーネーサル工場は07年2月に操業を開始した最新の工場で、ハリヤーナー州のジーンドやジャジャール地域などの労働者を雇用(正規雇用950人、実習生400人、契約労働者750人、見習工400人)。
 正規雇用労働者の賃金は、3年間の研修後で月2万5千ルピー(1ルピーは約1.4円)、うち50%が能力給(精勤手当含)。実習生は1万3〜4千ルピー、契約労働者は技能レベルにより異なり、州の最低賃金(4千644ルピー)〜1万2千ルピーである。労働者の平均年齢は25歳で、大部分が単身者である。
 工場では、40秒単位で担当の仕事を完了せねばならず、生産目標に応じ、時間が短縮または延長される。職制がベルトコンベアの速度を変える。「ザ・テレグラフ」紙によると、このシステムはチャップリンの「モダンタイムズ」そのままである。(同紙11年10月20日)
 スズキ・マルチは00年のグルガオン工場でのストの後、労務管理を強化。マーネーサル工場では103項目の規律が導入され、おしゃべりやトイレの時間まで規制されている。休憩は1つのシフトにつき7分半が2回と、昼食または夕食の30分だけである。
 10年に第1期の研修生が3年間の研修後に正規労働者となった時、労働者たちはグルガオン工場の労働組合MUKUへの加盟を求められた。しかし、労働者たちは同年末に、独自の労働組合と団体交渉権を要求。MUKUは00年ストの敗北以降、闘争力をなくしていた。
 マーネーサル工場の労働者の間には、不満が充満していた。賃金のうち固定給は50%以下で、あとは生産高に左右され、懲戒処分で容赦なく罰金が差し引かれる。
 標準的な家賃(労働者向けアパート)は月3千〜3千5百ルピーである。一方、CEO(最高経営責任者)の報酬は07年の473万ルピーから、10年には2千450万ルピーに跳ね上がっている。会社の売上、収益は大幅に伸びているにもかかわらず、労働者に全く還元されていない。
 労働者たちはマルチ・スズキ従業員組合(MSEU)を結成し、登録を申請。MSEUはインド共産党・マルクス主義(CPI・M)系のCITU、インド共産党(CPI)系のAITUCを含む全ての主要労働組合ナショナルセンターの支援を受けているが、独立組合である。しかし会社側は、同社にはすでに労働組合があり(MUKU)、2つは認められないと主張、MSEUは外部の者によってコントロールされていると非難してきた。
 州の労働局は「いくつかの法律上、技術上の理由」で、この申請を却下。MSEUは、会社側と州政府が結託して組合登録を妨げたと非難。会社側はMSEUのリーダーを解雇、MSEUは6月4〜13日間、解雇撤回を求めるストを行った。

*独立労組の承認求めスト
 8月末から33日間のストが行われ、9月30日に会社側は組合の承認、6月ストで解雇された非正規労働者の解雇撤回を約束した。
 しかし、会社側は約束を守らず、10月3日に非正規労働者をロックアウト、7日には暴力集団に襲撃させた。これに抗議してMSEUは7日から3度目のストに入った。工場前にテントを立て、交替で座り込みを続けた。関連会社のスズキ・パワートレイン・インドとスズキ・モーターサイクル・インドの労働者も連帯ストに入り、国際的な連帯行動も組織された。
 同19日に労使と州政府の三者による交渉が妥結、合意書が交わされた。会社側は正規労働者64人と1千200人の非正規労働者の復職を認めた。労使関係改善のため、苦情処理委員会と従業員福祉委員会設立が合意された。MSEUのソヌ・グジャール委員長(24歳、技術者)とシブ・クマール書記長を含む30人の停職処分の取り消しはなかった。その後、10月末から11月初めにかけ、30人全員が160万〜400万ルピーの解決金を受け取り退職。グジャールとクマールは会社側に買収されたと噂されている。
 MSEUは11月に、マルチ・スズキ労働組合(MSWU)に名称変更し、ラム・メハール・シン委員長、サラブジット・シン書記長を選出、同4日に再度組合登録を申請した。

*2月に組合登録を勝ち取る
 ハリヤーナー州の労働省は今年2月にMSWUの登録を承認。MSWUは4月18日に基本給の大幅引き上げなど20項目の要求を会社側に提出。6月には労働省は、会社側の(昨年10月19日の)合意の不履行に対し、裁判所に提訴した。
 独立労組に対するマルチ・スズキの敵対的姿勢に対しインドの全ての主要組合が支持政党の違いを超えて批判。非正規雇用の労働者を低賃金で搾取していることに対しても批判が高まっている。

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