アジア@世界
喜多幡 佳秀 ・訳(APWSL日本)
885号

★スペイン:夢を悪夢に変えた『労働市場改革』の破滅的結果

 以下は「ソーシャル・ヨーロッパ・ジャーナル」誌に掲載されたビセンテ・ナバロ氏の「スペインにおける破滅的な労働・社会改革」と題するレポート(3月3日付)の抄訳である。筆者はバルセロナのポンペウ・ファブラ大学の教授(公共政策)で、米国メリーランド州のジョンズホプキンス大学教授でもある。


 スペインはトロイカ(IMF、欧州委員会、欧州中央銀行)の圧力の下で3つの重要な労働市場改革を進めてきた。人々には、あまりにもひどい失業率を下げるためにこれらが必要だと説明された。実際、失業率は全体で25%、若者では52%に達していた。
 スペイン(とギリシャ)は失業率選手権でトップを争っている。危機が始まって以来、社会主義者(社会労働党)も保守主義者(国民党)も「労働市場の規制緩和」と称する改革を追求してきた。高い失業率の原因は、労働市場における規制が多すぎることだという論拠によってである。つまり、労働組合による労働者保護が過剰であり、経営者にとって新規雇用のリスクがあまりにも大きいというのである。


 この議論は今ではドグマとなっており、あらゆるドグマがそうであるように、科学的根拠ではなく信仰によって支えられている。サパテロ政権(社会労働党、04〜11年)もラホイ政権(国民党)も、このドグマの熱心な使徒のように、経営者が労働者を解雇しやすくするために邁進(まいしん)してきた。そして経営者たちは実際に、何千人もの労働者を解雇した。しかし、解雇しやすくなったからといって、その分だけ新規雇用を増やすことはなかった。現実を見れば、その結果は明白である。


 失業率は、下がるどころか、改革前よりも急速に上昇している。たとえば、11年の第4四半期から13年の同期までに約104万9千人の雇用が失われ、失業者数は約62万3千人増加している。今では失業者の数は600万人に達しており、そのうちの47%が失業保険を受給していない(その一部は、最近の労働市場改革によって失業保険が大幅に制限されたことによる)。
 失業だけでなく、労働条件も急速に劣悪化している。不安定雇用が増加している。新規雇用の92%が不安定雇用であり、正規雇用は8%にすぎない。
 さらに、失業の期間も長くなっている。失業者の10人に6人は、失業が1年以上続いている。
 こうした結果は、トロイカによって賞揚された改革の当初から予想されていたことである。

 

*本当の目的とその結果

 

 しかし、これらの改革は、その隠された目的の達成では大いに成功している。改革は賃金に大きな影響を及ぼした。2年間で賃金が10%下がったのである。EUの中で、ギリシャを除いてこのような大幅賃金引き下げが起こった国はスペインだけである。


 EUにおける労働市場改革のモデルとされたドイツのシュレーダー政権下での改革と同様に、スペインにおける改革の目的は労働組合の力を弱め、賃金水準を引き下げることだった。これらはスペインの競争力を強化するための主要な政策として考えられていた。高い賃金水準のためにスペインの国際競争力が弱まったというのが改革の1つの論拠とされていたのだが、実際にはスペインはEU諸国の中で賃金水準が最も低い国に含まれる。そもそも、改革が始まる前でさえ、労働生産性の上昇率は賃金の上昇率を上回っていた。


 09〜13年の間に国民所得に占める賃金の割合は急激に低下し、歴史的に最低水準(52%)になった。一方で上位所得層の所得は急激に増加し、今ではスペインにおける所得格差はOECD諸国内で最大レベルとなっている。
 200万世帯が、家族の中で誰も雇用されておらず、雇用されている者の15%が、低賃金のため、貧困層に分類されている。子どもの貧困率はEU平均の3倍であり、子どもの30%(約250万人)が貧困家庭で養育されている。

 

*福祉国家の解体

 

 改革のドグマのもう一つの要素は、福祉国家が肥大化しすぎて、このままでは経済が崩壊するという議論である。この点でも、事実が示していることは、スペインはEUの中で社会的支出がもっとも少ない国の1つだということである。医療サービスについては、NHS(国民健康サービス)の予算が128億ユーロ削減され(18%以上の削減)、09年以降で5万5千人の雇用が削減されている。これは公的医療制度への正面攻撃である。
 一方で、民間健康保険が急成長を遂げ、ヘッジファンドや投機的な資本が参入している。とりわけカタロニア州では、民間病院協会の会長から転身した保健相が公的医療制度の解体を担当している。


 彼らは「他に方法がない」、「やりたくないがヨーロッパの諸機関によって強制されている」という口実で、これらの改革を進めてきた。しかし、今ではスペイン人の82%が、こんなヨーロッパは嫌いだと言っている。

 スペインの人々は独裁政権下の時代を含め長年にわたって、ヨーロッパを民主主義と福祉のモデルであると考え、その一員となることを夢見てきた。今や夢は悪夢となってしまった。

 

 

★中国:ウォルマート店舗閉鎖に組合が団交要求でピケ

 3月21日、湖南省・常徳(チャンデ)市のウォルマートの店舗前で、労働者のピケットに警官隊が出動、143人の労働者を排除し、数人が負傷した。この店では、同4日に経営者が店舗閉鎖を通告し、労働者たちはその直後から2週間にわたりピケット闘争を続けていた。
 安徽省・馬鞍山(マアンシャン)市でも、ウォルマートが3月末に2店舗閉鎖を発表したことに抗議していた労働者たちを警官隊が排除した。


 常徳店の労働者は大多数が女性で、長年勤続してきたが、会社側は他の店舗への転勤か、退職金を受け取り退職するかの二者択一を迫った。労働者たちは、解雇予告期間も、退職金も労働法に違反していると主張している。
 常徳の闘いの重要な点は、労働組合のフアン・ジングォ委員長が闘争の先頭に立っているという点である。
 この組合は同4日に会議を招集し、要求と戦略を討論、9人の交渉チームを選出。このうち7人は組合評議会のメンバーで、2人は一般組合員である。会社側との交渉には3人以上の交渉委員が出席すること、また、いかなる合意も3人以上の交渉委員の署名が必要であることが合意された。


 組合は市の労働組合連合、市の労働局、警察、および政府の関係機関に対してウォルマートの不当労働行為および組合の行動の計画について通知した。会社側は組合との交渉を拒否し、アルバイトを雇い店舗内の商品を搬出しようとした。労働者の権利を一切考慮しないことで世界的に知られているウォルマートは、中国でもこの15ヵ月間に13店舗を、労働者への配慮も何もなく閉鎖している。


 組合は3月7日に市の組合連合に支援を要請し、市の組合連合は13日、現在政府の関係機関と折衝中であり、可能な限り労働者の権利を擁護すると回答したが、具体的な支援は何もしなかった。労働者たちは市の組合連合が派遣した弁護士にも失望した。
 一方、市当局はウォルマートの側に立った。市の商務部部長は、ピケットをやめなければ警察を導入して逮捕すると脅した。
 ジングォ委員長は20日朝に警察に出頭するよう命令を受けたが、出頭する前に副委員長に「私が逮捕されても、あなたが闘いを引き継ぐだろう」と書いた手紙を託した。

(「チャイナ・レイバー・ブレティン」3月20日付)

 

 

 

英国:アマゾン社に生活賃金要求の国際的運動が拡大

 英国、フランス、ドイツの活動家が、アマゾン社の労働者の権利と税金逃れの問題を追及するための運動を始めた。この活動家たちによると、アマゾン社の90%以上が契約労働者で、非常に長時間にわたるシフトで勤務し、賃金は生活賃金以下である。
 現在、ロンドンにおける最低賃金は6.31ポンド(時給、1ポンドは約170円)であり、生活賃金財団が計算した生活賃金は8.80ポンドである。
 英国では昨年12月に、エミリー・ケンウェイさんが呼びかけたネット署名を契機に「アマゾン・アノニマス」が設立され、書店経営者から労働組合、消費者団体まで広範な人々が参加している。
 ネット署名は、アマゾン社に対して、労働者の賃金の引き上げと労働者の権利の改善、15分以上の休憩、10時間シフトの後の残業の強要の中止、トイレ休憩の制限および監視の廃止等を要求するもので、現在までに5万9千人以上の署名が集まっている。


 ケンウェイさんは3月にアマゾン社のロンドン本社に5万5千人の署名を提出した。アマゾン社からは電子メールで回答が届き、英国では同社の従業員の賃金は初任給の7.1ポンドから徐々に上がって、24ヵ月後には8ポンドに上がっており、正社員には健康保険や年金もあると説明していた。しかし、ケンウェイさんによると、多くの労働者は契約期間が3ヵ月以内である。


 GMB(全国都市一般労組)はアマゾン社の労働者の組織化を試みているが、短期契約という制約と、労働者が解雇を恐れて加入を躊躇(ちゅうちょ)する等の困難を経験している。GMBはドイツとフランスの労働組合との連携を図っている。ドイツではヴェルディが組合結成に成功し、1月にはストライキが行われた。その結果、会社側は組合との交渉に応じる姿勢を示すようになっている。フランスでも3月にリヨンでストライキが行われた。

(「ibタイムズ」3月27日付より)

 

 

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