アジア@世界
喜多幡 佳秀 ・訳(APWSL日本)
874号

スイス:ベーシック・インカム導入をめぐり国民投票

 スイスで、すべての成人を対象とするベーシック・インカム(基本所得保障)の導入をめぐって国民投票が実施される。スイスでは10万人の要求があれば国民投票を実施することが法律で規定されており、毎年数件の国民投票が実施されている。


 金融危機の発生以来、所得格差をめぐる大衆的な抗議が拡大しており、「すべての成人が月2500スイスフラン(CHF)の所得を国家から、無条件に受け取るようにする」という草の根の市民団体提案に10万人を超える署名が集まった(1CHFは約100円)。
 市民団体は10月4日に署名を国会に提出し、パフォーマンスとして5ラッペン(20分の1CHF)の硬貨を、スイスの人口と同じ800万枚、議事堂の上からばらまいた。
 この市民団体によると、この所得の一部は社会保障のための予算から支出される。
 3月には企業役員の報酬を規制するために、株主の投票によって報酬を制限できるようにする制度が国民投票で支持された。
 さらに、11月24日には「1対12」制度についての国民投票が実施される。この制度では、役員の1ヵ月の報酬が、その企業の最低賃金の労働者の1年分の賃金を超えることが禁止される。
 ベーシック・インカムについての国民投票の時期は未定である。

(「ロイター」10月4日付より)

 

 スイス国営放送の国際ニュースを配信している「スイスインフォ」紙のウェブ版は、「これはおそらくこの数十年間で最も唐突な政治的アイデアだ」と評している(同紙6月13日付「古いユートピアがスイスの街頭によみがえった」)。
 このキャンペーンは昨年秋に、約40人の市民によって始められ、主要政党からの支持は受けていない。このグループによると、「(目的は)すべての人々に自己決定権を認め、(経済的な)圧力なしに生活できるようにする」ことである。
 鉄道の駅などでの署名呼びかけに対して、「非現実的だ」等の反応も少なくなかったが、多くの対話が生まれ、共感が広がった。

 スイス・ビジネス連盟は昨年10月に、「この制度が導入されればスイス経済は競争力を失う」と警告する11ページにわたるレポートを発表した。このレポートによると、この制度を実現するには1400億CHFが必要であり、消費税を50%に上げなければならない。

 

チュニジア:政府が労働組合からの退陣要求を受け入れ

 7月25日に野党リーダーのモハメド・ブラヒミ氏が自宅前で射殺された。2月にも野党リーダーのベルイード氏が暗殺されており、いずれも与党、アンナハダ党(イスラム教政党)に近い勢力による犯行であると考えられる。


 アンナハダ党への批判と政治的緊張が高まる中で、UGTT(チュニジア労働総同盟)は、9月17日、政治的行き詰まり打開のためのタイムテーブルを提案した。それによると、大統領、首相、制憲議会議長、制憲議会議員、政党代表が参加する「国民的対話」を開始し、対話開始から3週間以内にアンナハダ党が主導する政権が退陣する。中立的な選挙管理内閣を選出し、制憲議会が新内閣を承認する。また、制憲議会が専門家委員会と協力して1ヵ月以内に憲法の起草を完了する。
 連立与党は同19日、UGTTの要求を基本的に受け入れると表明。


 野党連合はベン・アリ独裁体制の残党を含むさまざまな勢力から成っているが、同20日にUGTTの提案を受け入れると表明した。エジプトの場合と異なり、軍は政治的騒動から距離を置いている(「ロイター」9月17、19日付等より)。


 その後、政府与党内の対立等によって交渉は一進一退を繰り返しているが、近く、UGTTや法律家団体等の仲介による正式な対話が開始される。
 10月14日付の「チュニジアライブ」紙によると、UGTTをはじめとする市民団体は、新憲法制定プロセスの促進、新政権の樹立、選挙をめぐる問題への対処のために、政党と市民団体が参加する3つの委員会を設けることを決定した。しかし、UGTTが提案した政府の辞任と選挙実施の期限については、依然として合意に達していない。

 

中国:深センのスト 指導者の釈放要求で署名運動

 深センの迪威信家具用品の工場移転に抗議して約300人の労働者が5月7日からストに入ったが、同23日に市政府への請願行動に向かう途上で200人が逮捕、拘留された。大部分の労働者は釈放されたが、呉貴軍さんはその後も拘留され、9月28日に、「集合して社会秩序を混乱させた」という容疑で送検された。


 以下は香港のAMRC(アジアモニター資料センター)、グローバリゼーション・モニター等の団体が深セン市長および深セン市総工会主席に送った書簡の抜粋である。

 

 ……中国の労働契約法の第46条では、工場が所在地から移転する際に、労働者が転勤を望まない場合は、経済補償金を支払わなければならないと定められています。迪威信の労働者たちがストで訴えているのは法律の規定に従って経営者は賠償金を支払うことであり、妥当な要求です。ストに参加した労働者たちは自分自身の合法的な権利を守ろうとしただけであり、違法行為でもなんでもなく、そもそも犯罪ですらないのです!
 労働者が「不当な扱いを訴えるところもない」時に、労働組合はどこにいるのでしょう? もし呉貴軍が起訴されてしまったら、労働組合の設立を進め、労働者の権利を守るという深セン市の旗幟(きし)にとって大きな後退となるでしょう。今年は広東省総工会設立60周年でもあり、不当に拘束された労働者代表―呉貴軍の冤罪を晴らすために広東省総工会が尽力するに値するものと考えます。

 私たちは香港および国際社会における労働者の権利を推進する団体として、地方の警察が刑事拘留という拘束手段によって労働者のスト権に打撃を与える行為を厳しく非難します!
 ストに参加した労働者および呉貴軍は自らの労働権を実現しようとしただけであり、公共や私的所有物を破壊したわけではないことを私たちも知っています。私たちは、深セン市総工会が労働者の権利を守るという責任を果たすために、呉貴軍およびその家族の支援のために積極的に介入し、不起訴および早期釈放のために手助けをすることを望んでいます。労働組合の最も主要な責任は労働者の権利を守ることです。深セン市総工会が組合の責務を果たし、同時に広東省総工会が、労働者の合法的権利を守るための行動が、逆に起訴の憂き目に遭うという今回の冤罪事件を調査することを、緊急に呼びかけることを希望します。
 今回の事件について、私たちは深セン当局に対して次のことを要求します。
(1) 労働者のスト権を保障すること
(2) スト労働者の代表を保護すること
(3) 呉貴軍及びその家族を支援するために介入し、呉貴軍の不起訴と早期釈放の実現を手助けすること


 また、中華人民共和国の建国記念日の10月1日に、香港の職工会連盟(HKCTU)の活動家約30人が、香港の中国政府代表事務所に対して以下の要請を行った。
(1) 呉貴軍さん、および他の案件で不当に拘束されている12名の中国人労働運動活動家(陳勇、蒋存徳、孔佑平、李建峰、劉健、劉健軍、王妙根、黄文明、李本玉、周徳才、周遠武、朱芳鳴)の釈放
(2) ILO条約87号(結社の自由および団結権)及び98号(団体交渉権)への署名と即時実現
(3)労働者の権利を侵害する資本への厳しい対処および労働者の権利の厳格な確立


(翻訳・稲垣豊)

 

 

英国:拡大する『ゼロ労働時間』契約

 フレキシブル労働の究極的な形態として、「ゼロ労働時間」契約が拡大している。労働契約に労働時間に関する規定や保証がなく、経営者は、必要な時にだけ働かせ、就労時間分だけ賃金を支払うことが出来、労働者は言われた通りの時間に就労しなければならない。
 このような雇用形態は以前から存在していたが、最近急増し、今年の夏には多くのメディアで取り上げられた。


 国家統計局の調査によると英国で25万人の労働者が「ゼロ労働時間」契約の下で就労している。しかしCSID(「企業戦略と産業開発」)の調査によると、実際の数は100万人以上であると推定され、5分の1の企業が1人以上をこのような契約で雇用している。


 スポーツダイレクト(スポーツ用品の販売)では2万3千人の従業員中2万人、ウェザースプーン(パブ・チェーン)では従業員の80%が「ゼロ労働時間」契約で就労している。
 この雇用形態は、労働者の安定した所得を保証せず、しかも従順な労働者に優先的に仕事を割り振る等の悪用も横行している。


 グローバル化と労働組合運動を研究しているスティーブ・デビーズ氏(カーディフ大学社会科学学部教授)は、保守党のキャメロン政権が景気対策の成果として失業が減ったと宣伝しているが、実際には増えた雇用の多くは「ゼロ労働時間」契約であると指摘している。

 労働時間のフレキシブル化は中小企業による雇用を増やす上で有益だと宣伝されてきたが、実際には大手企業がこのような雇用形態を活用して利益を増やしている。

 

(CSIDの「グローバル・レイバー・コラム」および「BBCニュース」8月5日付より)

 

 

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