アジア@世界
喜多幡 佳秀 訳(APWSL日本)
917+8号

★ギリシャ:シリザ政権の挑戦と展望

 ギリシャでは、7月5日の国民投票のあと、シリザ政権がトロイカによって要求された緊縮政策をほぼ全面的に受け入れる財政改革案を発表。欧州サミットでの合意にもとづき、政府は国会に年金・財政改革に関連する法案と金融・司法改革に関連する法案を提出し、それぞれ同16日と23日に可決された。


 シリザの緊縮政策受け入れへの転換をめぐって、シリザの内部やヨーロッパの左翼活動家の間で大きな議論が起こっており、年金の支給年齢引き上げや支給額の減額に対しては労働組合を中心とする抗議のデモやストライキが始まっている。
 以下、さまざまな観点からの論評を紹介する。

 

(1) 「国民投票はチプラス政権の政治的誤算だった」


 アテネ国立工科大学教授(政治経済学)で、シリザの中央委員であるジョン・ミリオス。以下は『ジャコバン』誌(米国)ウェブ版7月23日付の抜粋である。

 

―国民投票とその後のトロイカとの合意について

 国民投票では「2つのギリシャ」が闘った。一方は貧困層、賃金労働者、失業者、小事業主で、他方は資本家、管理階級、上級官僚。
 社会的多数派の広範な連合が、国民投票を緊縮政策と新自由主義の継続を拒否する決意を表明する機会であるとみなした。ギリシャの人々は銀行が閉鎖され、「ノー」を選んだら破滅だという脅迫が繰り返される中で、61.3%が「ノー」に投票した。


 私は国民投票はチプラス政権の政治的誤算だったと思う。チプラス首相、あるいは政府の多数派はトロイカの条件を受け入れるつもりだった。国民投票で五分五分あるいは賛成が多数だったら、トロイカの条件を受け入れることを政治的に正当化できると考えていた。
 彼らは最初から、従来のやり方で政権を運営できると考えていた。つまり、主要な問題は景気の後退であって、緊縮政策というのは単に一層の景気後退をもたらす誤った政策であるという認識だった。私はこの認識が完全な誤りだと考えている。……


 緊縮政策を通じて資本家の利潤は大幅に増加している。民営化を通じて、資本は従来の公共セクターに進出している。14年後半には成長率が上がり、失業率が下がっている。

 緊縮政策は資本主義的発展の観点からは正しい政策なのであり、「創造的破壊」なのである。問題は、(景気の回復ではなく)どのようにして社会的危機を脱していくかである。……
 シリザ政権は労働者の政府であることを目指すのなら、経済成長や景気後退について語るのではなく、商品やサービスの製造のための別の方法を追求するような政策を最初から採用するべきだった。協同組合、閉鎖された工場の再開、所得再分配を可能にする税制などである。これらの政策は危機を脱出するための手段ではなく、それ自身が目的でなければならない。

 

―EUとの交渉について

 2つの点が重要である。
 第1に、EUは何を求めているのか? 彼らはギリシャの過去の公的債務を取り立てようとしているのだろうか?そうではない。彼らが望んでいるのは、新自由主義の下でのヨーロッパの統合であり、他の選択肢を許さないことである。
 第2に、EUは新自由主義的政策に重要な役割を果たしており、財政危機に陥った政府は緊縮政策を採用するしかない。欧州中央銀行は意図的にユーロ圏のすべての国を財政破たんのリスクに追い込み、緊縮政策を強制している。


 (シリザ政権には)別の選択肢があった。政権に就いた最初の段階で金持ちに課税することと、債務不履行を宣言することだった。
 実際にはシリザ政権は約束された融資が行われる前に、6月までに70億ユーロ(GDPの3%)の返済を行った。少なくとも新しい条件に合意するまで、この返済を猶予するべきだった。

 

―政府はEUとの合意に基づく政策を遂行できるのか?

 政府が現在進めようとしているのは資本家のための政策であり、シリザが考えてきた政策にも、61.3%の人々の意志にも反する。
 私は(「ノー」に投票した)社会層の中にいて、緊縮政策に反対しつづけることを決意している。しかし、私は党の分裂を望まない。
 (困難な状況にもかかわらず)私は絶望してはいない。この状況はシリザを支持してきた人たちにとっては大きな失望だろうが、もうひとつの道、つまり人々が自分たちの現在と未来を自分たちで決定する直接民主主義的な関係に向けた出発点にできないだろうか?
 私たちは新しい意思決定と生産構造の創出を開始できないだろうか? 危機によって閉鎖された工場や企業を再活用することはできないだろうか? 下からの運動を進めることができないだろうか?それが今求められている。 

 

(2) 「EU離脱に向けた準備が重要」

 

 カナダのサム・ギンディン(元カナダ自動車労組の研究所長)とレオ・パニッチ(ヨーク大学教授)。ウェブ紙「ザ・ブレット」(7月17日付)の要約。

 

 ギリシャの左派の一部ではEUとの合意を拒否し、ユーロから脱退すべきだったとの議論もある。
 われわれはこの議論を全面的に否定するわけではない。これは正当な感情と戦略的な方向性を反映している。しかし、ユーロ脱退に関する明確なコンセンサスができているとは言えない。


 チプラスをはじめシリザの多くのリーダーたちは単に大衆に迎合しているのではなく、経済的・文化的な理由からEUに残ることが重要であると考えている。
 従来から、特に社会主義者の観点からEUからの離脱は不可避であると主張してきた人々にとって、今必要なことは、いつ離脱するのか、どのような具体的ステップが必要になるかを議論し、党とその支持基盤をその方向へ進めることである。
 シリザではすでに12年の選挙に際してこの問題が議論されており、結論として、国家機構の中で、新自由主義の攻撃を抑制するためにあらゆる手段を講じるという方針を決定している。この年のシリザの躍進は、どのような勢力とでも手を組んで政権に入ることを目指すと宣言したことへの支持を表している。


 シリザが政権獲得直後に、トロイカの介入を許さずに実施した人道主義的な政策は、EUの新自由主義的政策の本質を暴露し、議論を活発化することに寄与した。
 この数カ月間の経験(特にEUとの新たな合意)だけを根拠に、シリザが今すぐ放棄し、ブルジョワ政党に政権を明け渡すべきだと結論付けるのは時期尚早だろう。
 怒りや抗議に留まるのではなく、ギリシャの大多数の人々の要求に応えるために、現在の国家機構の中で残されている変革の可能性のために闘うべきではないだろうか。
 この間の経験の中で示されてきた連帯と創意の力をさらに発展させることが重要であり、それなしにはユーロ圏あるいはEUを離脱する建設的な道は考えられない。
 ユーロ圏からの離脱を主張している人たちは、そのコストについて理解しているだろうが、離脱に伴う社会の混乱を軽視しており、ユーロ離脱のメリットを過大視しているように思われる。


 ギリシャを新自由主義に縛りつける新たな合意の後では、シリザ政権に残されたオプションは一層限られている。ユーロ圏にとどまることと新自由主義の否定的な影響を抑制することが矛盾することもますます明白になっている。
 しかし、そのことは今すぐにユーロ圏から離脱すべきであることを意味しない。それがもたらす結果に対応するための入念な準備が必要である。
 そのためには危機に対応するための社会的連帯のネットワークを確立することが重要である。すでに地域の医療や食料供給、住宅その他のニーズに対応するために、全国で約400の草の根の運動や協同組合が発展している。
 シリザ政権はこのような運動の拡大を支援する政策をほとんど行っていない。
 たとえば、政府はこれらの地域の団体と協力して、空き地や空き家の活用、貧困層の支援のための食料確保、職業教育などを進めることができる。

 また、民営化に伴う問題を軽減するために民営化された企業に、地域における雇用拡大や国内製品の利用を義務付ける等の政策も可能である。

 

 これらの政策で問題が解決するわけではないが、それは緊縮政策の影響を緩和すると同時に、ユーロ圏離脱に際して想定される混乱に対処する上での効果的な準備となるだろう。

 

(3) 「なぜ私は国会でノーに投票したのか」

 

 シリザ政権でトロイカとの交渉を担当し、国民投票後の7月6日に辞任したヤニス・バルファキス前蔵相。自身のブログ、7月21日付の抜粋。

 

 私が政治に関わることを決意した理由は、チプラスの債務奴隷制に対する闘争を支持することだった。チプラスが私を引き入れた理由は、私がコンスタンティノスの教義つまり、無政府的な破産と有害な債務の選択に直面した場合は、常に後者が望ましいという考え方を拒否する立場から危機について理解していたことである。


 私はこの教義が永続的な破産状態を確実にして、究極的には債務奴隷の状態へ導くような政策を強制するのに役立つ永続的脅迫であり、受け入れられないと考えていた。

 15日夜、私は国会で、ユーロ圏首脳会合において交渉相手からチプラスにクーデター的な方法で押し付けられた文書に賛成票を投じることによって、このような教義を支持するのか、それとも私たちの首相に「ノー」と言うのかの選択を迫られた。


 チプラスは私たちに、「脅迫は本当なのか、架空のものか」と問うた。それは彼を含むすべての人々の良心を苛む忌まわしいジレンマを表現している。
 明らかに脅迫は本当である。私たちは就任直後から、「トロイカの条件を受け入れるか、銀行の閉鎖か」というジレンマを突き付けられてきた。私たちは当初から、債権者がいかに無慈悲であるかを知っていた。
 それでも私たちは、「財政的に実現可能な合意をもたらすためにあらゆることをする。妥協はするが屈服はしない。ユーロ圏の中での合意に基づく解決策を確保するために必要な限りの妥協をする。しかし、私たちがEUの条件の破滅的な政策に敗北するようなことになれば、私たちはそのような政策を信奉する人たちに権力を引き渡し、街頭に戻ろう」と確認してきた。


 15日にチプラスは「ほかに方法はあるのか」と問うた。私は、あったと思う。しかし、今はそれについては考えない。それを考えている時ではない。重要なことは、国民投票の日の夜に、チプラスはほかに方法はないと判断していたことである。
 だから私は辞任した。それによって彼がブリュッセルへ行って、可能な最良の条件を持ち帰ることを容易にしようと考えた。しかしそれは、われわれがどんな条件でも受け入れるということを意味したのではない。……


 国際的な神聖ならざる同盟の圧力の下で、これほど不毛な選択を強いられている時、同志の間で異なる選択をする者がいることは許されることである。このような状況の中で一方が他方を「屈服した」と決めつけ、他方が相手を「無責任だ」と決めつけるのは犯罪的であるだろう。
 現瞬間において、シリザやシリザを支持する人たち、そして61.5%の人たちの統一こそが中心的な目標である。そのことを保証する唯一の方法は、互いの議論を認め合い、相手側も同じような善意の、責任ある、革命的な意図を持っていることを念頭に置いておくことである。


 私が反対票を投じた理由は単純である。われわれは人々の目を見ながら、「厳しい合意内容だが、われわれが人道上の破滅から回復し、立ち直るという希望の余地が残る方法でそれを実施することは可能である」などと、われわれが口にできないことを言える人たちに権力を引き渡すべきだったということである。
 左派政権はEUに対して、できないとわかっていることを約束することはできない。ユーロ圏首脳会合の決定は、社会による銀行に対する統制を不可能にし、一方で社会に銀行を支援するためにさらに100〜250億ユーロの負担を押し付ける。しかも国家からすべての国有資産に対する管理の権限を奪う国有資産開発基金が設立される。
 この新たな緊縮政策がもたらす過酷な現実に直面して人々が街頭に出ようとする時に、だれがこの人々を政治的に代表するだろうか?

 

 

 

 

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