アジア@世界             喜多幡 佳秀 訳(APWSL日本)
988号

★チリ:地下鉄賃上げに格差社会への怒りが拡大

 政府が10月6日に地下鉄運賃の値上げ(3%)を発表したことをきっかけに、首都サンティアゴを中心に全国で抗議デモが拡大した。

 同18日に一部でスーパーマーケットへの放火などが発生したことを口実として軍の出動など弾圧が強化された。

 同19~20日にかけて夜間外出禁止令が布告され、デモ参加者など1500人が逮捕された。

 その後もデモは拡大し、経済的不平等、生活費の上昇と、その基となった新自由主義モデルに対する大規模な抗議運動へと発展した。

 首都では高校生を中心に地下鉄の無賃乗車や改札機を使用不能にする行動が広がった。

 同21日に港湾や銅鉱山でのストライキが始まり、23日にはゼネストが呼びかけられた。

 

 同25日には100万人以上がデモに参加した。

 同月末までに18人が死亡、数百人が負傷し、数千人が逮捕された。

 運動はすでにあらゆる世代の人々の政治エリートに対する不満と、より尊厳のある未来への希望を解き放った。

 

 ピニェラ大統領は当初はデモ参加者を「破壊者」と非難し、強権的に抑圧しようとしたが、政権への批判が強まる中で、地下鉄料金値上げの凍結、8人の閣僚の更迭、最低賃金の引き上げ、富裕層への増税などの収拾案を発表した。

 

 地下鉄運賃の値上げが運動の引き金になった背景のーつとして、サンティアゴの地下鉄は南アメリカ最大のシステムであり、新自由主義の成功モデルとされてきたという事情がある。

 収益優先のため、高い運賃を払える富裕層のための路線に投資が集中し、多くの貧困層が生活する地区は不採算のため路線が廃止されてきた。そのため貧困層は主にバスに頼っている。

 人々の怒りが向けられた結果、地下鉄は数日間停止を余儀なくされ、80近くの駅が攻撃され、合計3億ドル以上の損害を受けた。

 

 運賃の値上げ幅は30ペソ(約4円)にすぎないが、人々の怒りは、民主主義の復活以降30年近くにわたってピノチェト独裁政権の下で始まった自由市場政策が継続し、社会的不平等が拡大していることに向けられている。

 人ロ1%の富裕層が3分の1の富を独占し、しかも教育・医療・年金への公共
支出が抑制され続けている。

 

 フアン・アンヘルさん(60歳、教員)は「変革が必要だし、今がその時だ。軍や教会や政治家や企業にばかりお金が集まるシステムを変えなければならない。そのためには憲法を改正しなければならない[現憲法は1980年にピノチェト独裁政権の下で制定された]。

 ……チリは小さな国で豊かな資源がある。富がもっとうまく分配されれば繁栄した平和な国になるだろう。私は何も恐れていない。何も失うものはない。生後6ヵ月になる孫のために闘う」と語っている。

 

 メリッサ・メディナさん(25歳、メークアップ・アーチスト)は「私の祖母は独裁と闘った。母は母の時代に闘った。私は今、6歳の娘の母親であり、今度は私が闘う番だ。……仕事は低賃金で12時間交替制、通勤に片道2時間かかるので家に帰った時には娘はもう眠っている」と語る。

 彼女たちはスプーンと鍋で音を立てながら人々に闘争への参加を呼びかける。

 

(「NACLAレポート」および「ガーディアン」紙10月30日付等より)

 

★レバノン:宗派対立を越えた反政府デモ、女性が先頭に

 レバノンでは10月17日に政府がスマートフォンのアプリを使った無料通話
への課税を提案したことをきっかけに反政府デモが拡大し、同29日にハリリ首相が事態の収拾を図るためとして辞任を表明した。

 

 今回の反政府運動では、若者・女性を中心に、宗派による分断を越えた新しいリーダーたちの登場が注目されている。

 以下は「オープン・デモクラシー」誌11月7日付のレポートの抄訳である。

 

 「女性がいなければ革命は起こらなかったと思う」とステファニー・ソティリー(34歳、教員・アーチスト)は言う。

 歴史的な規模のデモが全国に広がる中、首都ベイルートのデモの最前線に彼女はいた。デモが始まった最初の日から、タンバリンを鳴らしながら、他の若い活動家やアーティストといっしょに歌を作ったり、歌ったり踊ったりしていた。

 

 10月29日、ハリリ首相が辞任。11月上旬、デモは続行。全国で何十万人もの人々が宗派間で権力を分割する政治システムや出口の見えない経済危機に抗議し、支配エリートたちの退陣を求めていた。

 

 ソティリーはデモ中に男性たちが諍いを起こすのを女性たちが止めていたと話した。

 「私たちは暴力を抑えるために女性たちを最前線に集めました。結果として、革命に非常に詩的な要素が加わりました」

 

 デモは全国でさまざまな形で行われているが、記者たちは参加者の多様性、つまりさまざまな階級、宗教、ジェンダーの人々が参加していることにも注目。女性たちがデモ参加者と警察の双方を冷静にさせ、デモの最前線に立ち、他の人々を鼓舞する役割を果たしていると指摘している。

 

 「殉教者の広場」で、最初の1週間デモに参加していたザフラ・モサウィ(18歳、学生)は、「初めてですが、最後ではないでしょう。私たちは権利を取り戻すためあらゆる年代、地域、宗派から集まっています。」と話した。

 

 タチアナ・ラフード(19歳、学生)は政治の腐敗に抗議し、「これらの政党は票を買っています。同じ政治家たちが30年以上権力を握っています。……私の世代は今回のデモの後、政治に参加するようになるでしょう。私はまともな未来がほしいし、この社会で女性として成功したいです」と言う。

 

 女性ジャーナリストたちは今回の運動での役割に注目している。

 UAE(アラブ首長国連邦)の英字紙「ザ・ナショナル」はスンニバ・ローズ記者による「レバノンの女性はタブーを破って抗議運動の『顔』になった」という見出しの記事を掲載した。

 VICEアラビアのレポーターのルナ・サフワンはツイッターで、「『女性の革命』と呼ばれるには理由がある。レバノンのさまざまな女性がデモの第1日目から
最前線にいる」と発信している。

 

 元ジャーナリストで、昨年の議会選挙で独立的なプラットフォームから立候補し、当選したヤコビアンは6人の女性議員の1人であり、宗派的政治制度に公然と反対してきた。
 フェミニストの活動家たちはデモの要求に、「ジェンダー平等の権利、公民権、同一賃金、虐待・ハラスメント・性暴力の禁止」などの要求を付け加えた。

 

 

★フィリピン:組合と市民団体に政治弾圧、57人を逮捕

 10月31日、警察が労働組合や市民団体の事務所3カ所を強制捜索し、合計
57人を逮捕した。これはドゥテルテ政権による新たな人権抑圧と政治弾圧の始まりである。

 以下はITUC(国際労働組合総連合)の11月5日付の声明である。

 

 10月31日夕方、バス労働者たちがネグロス・オクシデンタル州の州都バコロド市で組合会議を開催していた時、この建物に強制捜索が行われた。

 市内の他の場所では警察官が4人の子供を含む8人に銃口を向けた。目撃者によ
ると組合の建物には、私服の男たちが侵入して銃器を隠しておいた。この建物にいた成人43人の全員が銃器不法所持の容疑で逮捕された。
 ほかにも強制捜索が続いており、さらに多くの組合員が狙われる可能性がある。

 

 このような権力の濫用に直面して、労働組合は組合員の安全を守るための予防策を講じている。
 ITUCのシャラン・バロウ書記長は次のように述べている。

 「犯罪に厳しく対処するという名目の下で、政府は意図的な政治的戦略の一環として、人権や労働組合の権利を擁護する人々をターゲットにしている」

 

 今回の弾圧はフィリピンにおけるより広範な弾圧の真只中で起こった。

 16年にドゥテルテ大統領によって「麻薬戦争」が開始されて以来、2万7千件
の超法規的殺害が行われた。

 ILOと国連人権理事会は超法規的殺害と労働組合および組合員への弾圧に関する多くの報告を受けて、人権問題を調査するためのハイレベルの調査団を派遣することを決議している。

 

 政府は8月に行われたITUCとの会合で43人の組合員の殺害に関する調査を約束したが、その後いかなる進捗も報告されておらず、政府はILOの調査団の受け入れを表明していない。

 活動家に対する暴力は免責されたまま今も続いている。

 

 同書記長は次のように付け加えた。

 「法の支配は何よりも重要である。フィリピンで私たちが目撃していることは政権党によるあからさまな権力の私物化である。政府はその政治権力を強化するために、治安機関を使って労働組合の力を弱め、政府に反対する声を封殺しようとしている。

 私たちは政府が労働組合員の殺害と弾圧を止め、ILOの調査団を受け入れることを緊急の問題として要求している」と述べた。

 

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